会社につながれた鎖の鍵は自分自身が持っている

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会社をやめたいけどやめられない・・

このブログにきていただいたあなたもこんな思いを持たれているのでは?

私も最初に転職したときは二十代だったため勢いでやめられましたが、二回目に会社をやめようと思ったときは本当に迷いました。

  • 四十路を超えている。
  • 特殊な資格を持ち合わせているわけでもない。
  • 給料も下がるだろう。ローンは残っているし、家族を養っていけるかも不安。

こうしたことを考えると完全に足がすくみ、結局は今のつらい状態を我慢しなければいけないのかと絶望的な気持ちになりました。

会社とにつながれた鎖

『社畜』という言葉があります。

 給料と引き換えに勤めている 会社 に飼い慣らされ、サービス残業 や 転勤 もいとわない 奴隷 と化してもやめられない賃金労働者の状態を 揶揄、あるいは自嘲する言葉です。

会社がいやになってもやめられない人にはよく理解できる響きだと思います。

私がやめようと思ったときには社畜という言葉こそまだありませんでしたが、見えない鎖のようなものは感じていました。逃げ出したくても頑強な鎖につながれ会社のなかで働き続けなくてはならないという閉塞感に私も囚われていました。

しかし・・そんなときにふと思いました。

確かに逃げ出せないように鎖につながれているけど、その鍵を持っているのは自分自身だよな・・

自分を会社とつないでいる鎖は、はずそうと思えば簡単にはずせる。誰も止めることはできないし逃げだしたって捕まるわけじゃない。

鎖の鍵は自分が持っている

そう、つまり鎖につながれているのはあくまでも自分の意思なんです。

安定という対価とひきかえに自分が鎖に鍵をかけたのです。

会社をやめたいと思えばいつでもやめられるというのは言葉にしてみれば至極単純なことです。

でもやめてしまうと生活はどうなるという不安の前では、視界には鎖しか入らなくなり鍵の存在など忘れてしまうのです。そして鎖はつながれるものというイメージ故に会社はやめられないという大前提が無意識にできあがってしまうのです。

また私は鎖につながれていることに被害者意識も強く持っていました。なぜ自分が不自由な境遇に置かれているのかと。

でも事実は鎖をはずさないのは会社ではなく自分なのです。安定を捨てたくないから鍵を大事にポケットにしまっているだけなのです。

鎖がはずれたあとで

そこで会社をやめるのは自由意志だと気づき直してから考えました。

「今まではポカポカした日向にいたけど、急に土砂降りに遭いびしょ濡れになった。土砂降りはやんでも、これから日が当たることなくジメジメした日陰で過ごすことになる。

でも鎖を外して領地をでれば、自由だしひょっとしたら荒野の先は住みやすい新天地が待っているかもしれない。」

考えた末に自分は結局後者を選び、先の回でお話ししたように勤めている会社をやめて独立するため某企業とフランチャイズ契約を結ぶに至りました。

最悪荒野で野垂れ死ぬかもしれないという恐怖はあったのですが、平和な現代社会だから生きていくくらいはなんとかなるだろうとあえてタカをくくったのです。

結末はお話ししたように予想もつかなかった事態が起こり会社にとどまることになるのですが、私の言いたいのは次のことです。

いつも自由は保証されている

やめたくても会社に残らざるを得ないというのは、あくまでも自分の判断であり周囲に強要されているわけではありません。

あなたは本来、社畜でもなければ奴隷でもなく自由は保証されているのです。

たとえ今は鎖でつながれていても、ポケットの奥に大事にしまった鍵をだして外せばいいだけです。

・・・とはいうものの鎖を外しても、住み慣れた領地から外にでるのは怖いですよね。よくわかります。そこでもうひとつお話ししたいことがあります。

それは次回のブログで。

今日の癒やし画像です。

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