会社につながれた鎖の鍵は自分自身が持っている 会話編

こんにちは。ハルサカです。
こんにちは。コーヘイです。
社畜っていやな言葉ですね。
うん。ただ会社がいやで苦しんでた人はオレもふくめて自身に対して同じようなイメージは持ってたね。
でもハルサカさんが言われるように会社をやめてもいいって腹をくくるには周囲の状況が邪魔をするってありがちですよね。
そうなんだ。やめられない理由はみんなそれぞれ持ってる。ただオレもそうだったんだけど自分はやめたいのに状況が許さないという被害者意識が強かった。許さないもなにも自分には職業選択の自由があってだれも妨害はできないんだけどね。
結局自分はやめられないという大前提があるんでしょうね。それこそ年齢的にとか家族がいるからとか。
そうなんだ。自身のことじゃなくて人から相談されたときも、ほとんどの人が自分はやめたくても何かのせいで自由を奪われて囚われてるという言い回しなんだよ。
わかります。
自分が囚われているというイメージがあるから身動き出来ないと思ってしまう。逃げられない現実があるから視界には鎖しか入らないんだよね。
実際ボクもそんなイメージを漠然と感じてますよ。
だから一旦、その決めつけから離れて大前提を

「会社に残るのもやめるのも決めるのは自分。自分がやめたければいつでもやめたっていい」

と置き換えたほうがいい。周りの状況を考えるのはそれからだよ。

そこで『つながれた鎖の鍵は自分自身が持っている』ってタイトルなんですね。

なんかカッコよくなっちゃってますね(笑)

うん、ちょっと言ってて恥ずかしいけどな(笑)
でも執行役員までやったハルサカさんがやめようと思ってたって意外ですね。
会社ってもちろん悪いところじゃないし執行役員までやらせてもらったからすごく感謝してる。逆にそのオレがやめたっていいと主張するからこのブログは意味があると思ってる。何回も言うけど会社だって人生だって自分が主役。人生の大部分を過ごす会社がつらければやめたっていいんだ。
確かにやめようと思ったら会社は自由にやめられるけど、社畜という言葉ができたようにいざやめるってなったらホントに難しいですよね。
そう。背負ってるものがあるからね。それと鎖につながれて動けないという先入観と、もうひとつやめるタイミングを逸してしまう原因があるんだ。それをまた話すよ。

今日の癒やし画像です。

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